レポート・メディアなど
Skin disease
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明和病院ニュース 第211号(1996年7月)
もう10年前になるでしょうか、大学病院での、ある光景(私はさらに若き研修医であった)を思い出さずにいられません。
お母さんは”シクシク”となきながら診察室を出ていきました。お母さんがかかえている子供の顔半分には青いアザがありました。”お母さん、これは太田母斑というアザの一種ですが、色の異常だけで悪い病気ではありません。カバーマーク(色の変化をかくすファンデーションの一種)で目立たなくすることができます。あまり気にしない様にしなさい。
この先、医学が進歩して良い治療法ができるようになるかもしれません。”とその主治医は淡々とした口調で言った。私はその時、本当にこの病気が治る時代が来るなどとは全く考えもしていなかったのです。
ちょうどその頃、私は現在のレーザーの前身であるアルゴンレーザーによる血管腫の治療を大学病院で学んでいました。しかしながらアルゴンレーザーは現在のダイレーザー、Qスイッチルビーレーザーやアレキサンドライトレーザーのような優れた選択ができないため傷跡なしに治療することができませんでした。
この暗中模索の中で、治療を続けていくうち、ハーバード大学教授のアンダーソン博士と出会い、(写真1)私はどんどんレーザーに魅了されていきました。今回は私のこの10年間の経験と知識をもとに最新のレーザー治療について述べたいと思います。
レーザーの発明は、トランジスタ、コンピュータとともに、20世紀、最大の発明であると称えられています。1917年、アインシュタインは誘導放出の理論を発表していました。その後、量子力学と先端科学技術を結合して1960年、メイマンが世界で初めてルビーの結晶からレーザーという人工光線を発振することに成功したのです。その後、レーザーは急速に発展する事になりました。
レーザーは中国では『激光』、台湾では『雷射』と書きますが、銅版に穴をあけたり、兵器として使われるような激しい作用があるものとしてイメージされています。しかし、レーザーにもいろんな種類があってソフトな性質を持つレーザーが医学分野では多く利用されているのです。これまでレーザー治療の研究に携わってきましたがレーザー治療は”Fantastic”のひとことに尽きるといえます。
レーザー治療の最も大きな特徴である無血手術や術後侵襲の軽微さは、これまでの観血的な手術に対する考えを大きく変えようとしています。肺癌、胃癌などの悪性腫瘍をはじめとして、脳腫瘍、卵巣腫瘍、ヘルニア、胆石など多くの科ですばらしい成果を上げています。
皮膚科では1983年、ハーバード大学教授のアンダーソン博士が選択的光溶解(selective photothermolysis)の概念を提唱して後、皮膚色素異常症である”あざ”の治療は飛躍的な進歩を遂げています。これまで不治の病として、また『家の祟り』とか『怨念』とか、いわもない差別的な扱いを受けていた時代は終わり、治療することのできる皮膚疾患に位置づけられる時代になったのです。
当院も本年6月にレーザー治療室が完成し、本格的にレーザー治療を開始することとなりました。徐々に患者さんも増え、最近では他府県からも来られるようになっています。現在までの経験を生かし、アザをもつ患者さんの苦しみを少しでもわかってあげられる医師として今後レーザー治療を行っていきたいと思います。
治療がうまくいくには選択的光溶解(selective photothermolysis)という条件が必要です。つまり、(1)標的物質に選択的に吸収される波長の光であること。(2)レーザーの熱エネルギーが、標的物質にだけ蓄積され、熱の拡散が周囲組織に起こらないような短い照射時間(thermal relaxation time)であること。(3)標的物質が破壊されるのに充分な照射エネルギーがあることなどです。1983年、R.R.Andersonがこの概念を発表してから、皮膚の色素異常症に対するレーザー治療は飛躍的に進歩しました。
つまり、破壊したいと考える標的物質だけにレーザーが吸収され、吸収された光エネルギーが熱エネルギーになって、それによって標的物質だけが破壊されることになります。したがってそのほかの皮膚(コラーゲンなどの成分)には吸収されないために、皮膚を傷つけずに治療することができるというものです。
標的物質(赤あざの場合はoxyhemoglobin、青、茶、黒あざの場合はmelanin)の種類や性質によって、適切な波長の光を選びます(図1)。
さらに、パルス式、またはQスイッチといった名称であらわされるように非常に短い照射時間に充分なエネルギーが出ることが必要かつ大切なことになります。
これらのことから、赤あざ治療にはoxyhemoglobinによく吸収されmelaninやcollagenにあまり吸収されないダイレーザーが、青、茶、黒あざにはmelaninによく吸収されoxyhemoglobinやcollagenにあまり吸収されないルビーレーザー若しくは、アレキサンドライトレーザーが現在、最適と考えられているので、今回この2機種を導入したわけです。
(1)パルス式ダイレーザー
単純性血管腫はもちろんのこと苺状血管腫、毛細血管拡張症、被角血管腫、血管拡張肉芽腫、オスラー病などの血管病変に有効で、適応となる疾患の範囲は広い。治療に要する照射回数は症例によりばらつきがあり3~10回を要することが多いのですが、毛細血管拡張症は1~2回で治療が完了することが多いようです。
苺状血管腫は新生児で生後1ヶ月以内の病変部がまだ隆起する前より照射を開始することにより、治療をしない自然の経過では血管腫が増大した後に生じる、瘢痕、腫瘤が形成されず、周囲と同様のほぼ正常の皮膚を期待できる例もある。
特に巨大苺状血管腫は”wait and see”ではなく、生後1ヶ月以内の隆起しはじめる前に”as soon as possible”に治療することが大切である。
最近、ダイレーザーは肥厚性瘢痕(手術や外傷のあとの盛り上がり)の治療にも有効であることが報告されている。
(2)アレキサンドライトレーザー
太田母斑(写真3,4)、異所性蒙古斑、青色母斑、両側性遅発性太田母斑(思春期以降に両下眼瞼に点状に青黒く現れほとんどのひとが”シミ”だと思っている)などの真皮メラノサイトーシスに著効する。また、外傷性刺青(外傷時に砂などが傷から入り青黒くみえる)にも著効する。
また、老人性色素斑、扁平母斑(いわゆる茶あざ)、表皮母斑など表在性色素性疾患に有効である。老人性色素斑(写真5,6)は1回の照射で治療が完了する例が多い。
扁平母斑は母斑の性質上、再発例も多く必ずしも有効例ばかりではないが、他に有効な治療法がないため、レーザーは試みてみる治療法と考えている。