レポート・メディアなど
Skin disease
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皮膚・第42巻・第4号(2000年8月)
Qスイッチルビーレーザーを用いて治療を行った太田母斑のうち、効果判定可能であった55名について、治療成績を観察し、合わせて組織学的検討を加えた。 治療結果より以下の事が示された。
以上よりQスイッチルビーレーザーを用いた太田母斑の治療は非常に有効性の高い治療であると考える。
1.対象
平成7年12月以降、明和病院皮膚科を訪れた太田母斑患者のうち、初回照射より1年以上経過している患者を対象とした。男性15名、女性40名の計55名で、年齢は5ヶ月の乳児から59歳までである。
4.使用機器
東芝製Qスイッチルビーレーザー(LRT-301A/QS)を用いた。本装置は波長694nmのレーザー光を発振し、パルス幅は40nsec、出力4~7Joule/cm2の可変式である。
また、ハンドピースにはカライドスコープを使用しており、照射野が4×4mmの正方形である上、その照射野全体に均一なエネルギー分布により照射可能であるというのが特徴である。
3.治療方法
照射に際してはリドカイン含有テープ、全身麻酔を症例に応じて選択し、5~6Joule/cm2のレーザー光を照射した。目瞼の治療に際してはシリコン製のプロテクター(コンタクトレンズ)を眼球上に挿入し眼球保護に努めた。
照射時間は3ヶ月以上とし、炎症後の色素沈着を起こした症例では色素沈着が消失後に追加照射を行った。
レーザー照射後は、3日間抗生物質含有ステロイド軟膏、その後3~5日間にわたって抗生剤含有ワセリン基剤軟膏を塗布し、ガーゼで被覆した。その後はサンスクリーンクリームによる遮光を行うよう指導した。
4.効果測定
効果判定は、レーザー照射前と照射後のカラー写真の比較から次のような評価方法で行った。
1.excellent | ほとんど色素斑が消退し、周囲の正常皮膚とほとんど区別がないもの |
---|---|
2.good | 色調の消退が50%以上で、周囲の皮膚との区別は判るもの |
3.fair | 色調の消退が50%未満で、周囲の皮膚との区別は判るもの |
4.poor | 色素斑が消退しなかったもの |
の4段階とした。
判定は3名の皮膚科医が行い、評価が一致しない場合は多数の評価を採用した。
また、瘢痕形成や色素沈着、色素脱失などの副作用の有無についても同時に観察した。
1.治療成績
55名の治療成績についての詳細をTable1に示す。
2.治療効果及び各々の治療回数
55例の症例中、治療効果と治療回数(レーザーの平均照射回数)は下記の通りである。
1.excellent | 55例中25例(45%)で、平均照射回数は3.8回 |
---|---|
2.good | 55例中22例(40%)で、平均照射回数は3.9回 |
3.fair | 55例中8例(15%)で、平均照射回数は2.1回 |
4.poor | 症例を認めず |
3.照射回数と治療効果の関係
治療回数は2~8回までで、治療回数が4回以上の例ではfairの症例はみられず、全てgoodもしくはexcellentの治療効果があることが示された。
4.年齢別治療成績
3歳を堺として年齢別に治療効果をみると、3歳未満ではexcellentは90%でこの平均照射回数は3.4回、goodは10%で平均照射回数は2.0回であった。
3歳以上ではexcellentは36%でこの平均照射回数は4.1回、goodは47%で平均照射回数は4.0回、fairは17%で平均照射回数は2.1回を示し、3歳未満の症例では少ない照射で高い効果を示した。
4.副作用
副作用は3例においていずれも4回目の照射を過ぎた頃より2mm程度のdepigmentationを認めたが、いずれの症例においても医師が指摘して初めて患者が気づく程度の軽度のものであった。
また、5例においてhyperpigmentationを認めたが、全て一過性であった。
なお、瘢痕などの副作用を有する症例は認められなかった。
症例1
8ヶ月、男児 判定:excellent
喘息の既往症を持ち、全身麻痺の危険性があるため、リドカインテープによる局所麻酔を用いたまた、目瞼部の照射にはシリコン製のコンタクトレンズを使用した。
5~6Joule/cm2で4回照射を行い、Fig.1bは最終照射より2年後の状態で、ほとんど母斑は消退している。
この症例はexcellentと判定した。
症例2
19歳、男性(Figs.2a, b) 判定:excellent
右上目瞼、右頬部、右鼻翼に黒色斑を認め、5Joule/cm2で5回照射を行った。
本症例では、4回目の照射後より右頬部に直径1~2mmの軽度の点状のdepigmentationを認めたが、母斑はほとんど消退し、excellentと判定した。
症例3
29歳、女性 判定:good
前額部左側、左上下目瞼、左頬部に青色斑を認め、5Joule/cm2で4回照射を行った。
頬部はかなり薄くなっているが、上目瞼にまだ、色素斑を認め、現在、治療続行中である。goodと判定した。
なお、本症例では被髪部にも一部母斑を確認したため、患者と同意のもとに皮膚生検を施行した。
Fig.4~6は症例3の被髪部の照射前、5Joule/cm2照射直後、3回照射後3ヶ月の生検を行ったものである。
未照射部の真皮メラノサイトは真皮乳頭層から真皮網状下層まで比較的蜜に散在しており、胞体内に充満するメラノゾームを持ち、核も明瞭であった(Fig.4)。
一方、照射直後は、真皮内に空胞化がみられ、真皮浅層までのメラノサイトの破壊及び核変性が認められた(Fig5)。
3回照射後3ヶ月経過時では真皮メラノサイトの減少が認められ、膠原線維の乱れや変性は認められなかった(Fig.6)。
太田母斑の治療法としては、従来よりドライアイスや皮膚剥削術、植皮等が用いられてきた。しかし、これらは効果不十分、瘢痕等の副作用が多い等決して満足すべきものではなかった。
太田母斑をはじめとする真皮ミラノサイトーシスの理想的な治療は、真皮メラノサイトのみの選択的な破壊である。この基礎となる理論はAnderson&Parrishが提唱したselective photothermolysisである。
すなわち、標的には吸収されやすく周囲組織に吸収されにくい波長のレーザー光を用い、標的を破壊するに十分なエネルギーを標的物質の熱緩和時間(thermal relaxation time)よりも短い時間内に照射すれば、熱伝導による周囲組織の凝固壊死は生じにくく、標的を選択的に破壊できるとされている。
この条件を満たすレーザー装置としては、下記のものが挙げられる。
我々はこのQスイッチルビーレーザーを太田母斑患者55名に使用し、excellent 25例(45%)、good 22例(40%)、fair 8例(15%)で、満足できる結果を得た(Table 2)。
また、各々の平均照射回数はexcellentが3.8回、goodが3.9回、fairが2.1回であった。
なお、fairと判定された症例では全て継続治療中であるため、今後治療を続ける事でgoodもしくはexcellentとなる可能性があると考える。
年齢別治療成績を検討すると、3歳以下では平均3.4回という少ない照射回数でexcellentであったことより、より少ない治療回数で良好な結果が得られることが示された。また、3歳以下の症例においては、色素沈着、色素脱失を含めた副作用を示した症例は一例も認められず、小児の治療の有効性は成人に比べて高いと考えられる。
一方、3歳以上の症例においてもexcellentは36%ではあるが、good 47%と合わせると81%となり、十分に満足できる治療は可能である。
照射時期については、太田母斑の場合、Table1に示すように初発年齢をみても生下時から41歳までと個人差があり、全ての患者を同一に扱う事は出来ないが、生下時から1歳までに発症する患者が全体の51%、2歳から10歳までの初発が7%であったことより小児期に治療を要する患者の大部分が0歳時に初発するものと思われる(Table5)。
成人になっても治療は可能であるが、顔面に存在する”あざ”という精神的苦痛を考えると「物心がつくまでにとりたい」というのが大半の両親の希望である。
次に問題となるのがレーザー照射に伴う痛みである。
レーザー照射時には”輪ゴムで弾くような”または”針で刺すような”傷みが1shotごとにあり、顔面の太田母斑の場合、人によっては一通りの治療を行うのに500shot程度を要し、時間にして約30分~1時間の痛みを伴う。これが小児のレーザー治療を行ううえでの最大の問題点となる。
従って、症例によっては全身麻酔下に行うこととなるが、当然ながら全身麻酔による危険性及び入院等、患者側の負担も大きいと考える。
当医院では局所麻酔と全身麻酔を個々の症例に応じて選択しているが、全身麻酔を使用するか否かについては患者の年齢と照射野の面積と最終的には家族の希望によって決定している。
55例の太田母斑患者のうち、全身麻酔を用いた症例はTable1のNo.1とNo.46の2例のみで、他の症例は全て局所麻酔下に治療を行った。
なお、可能な限り局所麻酔を使用して安全に行う方法として小児用ネットに患者を固定して照射する方法を採っている。これによって症例1のように喘息等の全身のリスクを持った患者でも局所麻酔のみで治療できた症例もある。
しかしながら、1歳半を過ぎた頃より患者自身に物心がつき、局所麻酔では患者の痛みに対する精神的ストレスは避けられず、治療する側も泣き叫ぶ子供を抑え付けて治療を行うという精神的苦痛も存在するため、麻酔の方法については個々の症例ごとに最良の方法を選択していくことが必要と考える。
治療成績及び照射に伴う痛みから治療は可能な限り早期に開始し、1歳半位までに治療を完了するのが理想と考えるが、初発年齢にばらつきがあり、生下時より存在する症例においても次第に色調が濃くなり1歳頃から目立つようになって初めて医療機関を訪れるケースもあるため、ここの症例に応じて治療等を実施していく必要があると考える。
以上、当院におけるQスイッチルビーレーザーによる太田母斑の治療について報告した。
特に問題となる副作用も認められず、Qスイッチルビーレーザーを用いた治療は太田母斑に対して非常に有効性の高い治療と考える。